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映画『JOKER』感想/アーサーの消された加害者性

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(トップ画像引用:映画.com『JOKER』

たぬきです。

映画『JOKER』大ヒットしてますね。私も好きな作品です。予告編を見て期待した通りの、印象的なシーンだらけだったので、興奮しました。映像の美しさとホアキン・フェニックスの演技が特出していますよね。

ただ、盛り上がりを見ているうちに、この映画が今の日本でヒットするのは危険なのではないかという気もしてきました。

あまりにも人によって物語の受け取り方が違うんですよね。いろいろ流れてくる感想を読んでいると、すごく違和感を抱くようなものもあったり。

この記事では、『JOKER』の受け止められ方に対する危機感を言葉にしてみます。

※映画のネタバレがあります※

アーサー・フレックは「誰よりも可哀想」か?

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(引用:映画.com『JOKER』

主人公アーサー・フレックは、助けを必要としている、弱い立場の人間だと思います。

母子家庭の貧困の中で育ち、大人になっても低賃金の仕事をし、汚い部屋のなかで病気の母親を介護しながら過ごす。さらには、パニックや焦りを感じたとき、笑い声のような発作が止まらなくなるという症状を抱えている。

そんなアーサーに、この映画を見た人のほとんどが同情するでしょう。

しかし、アーサーの立場はマイノリティ(弱者側)に固定されるわけではありません。
アメリカ社会において「白人男性」という属性は、マジョリティ(強者側)と見なされます。「白人男性である」という理由で差別をされることはありませんよね。

ある側面ではマイノリティだけど、見方を変えるとマジョリティにもなる。これはアーサーに限ったことではなく、すべての人に共通することです。

誰しもが弱者にも強者にもなりうる。だからこそ、知らないうちに他人を踏みつけていないか、気をつける必要があるんです。

しかし、この映画の中で明確に「可哀想な弱者」として描かれているのは、アーサーだけなのではないか……と私は考えました。

前述したようにマジョリティとしての一面も持つアーサーだけが、ダントツ一番可哀想に見える。
それってどうなのよ? と。

主人公・アーサーだけが絶対的な「弱者」である

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(引用:映画.com『JOKER』

実業家トーマス・ウェイン、ロバート・デニーロ演じる憧れのテレビ司会者、電車の中の酔っぱらったサラリーマン……。
彼らは皆アーサーよりも、力を持っていて危害を与えてくる存在です。

今は弱っているアーサーの母親も、抵抗する力を持たない幼いアーサーを虐待したのだから、アーサーよりも強者(だった)です。

さらに言えば、警察も、同僚も、上司も、(アルフレッドも……)みんなアーサーを虐げています。看板を奪って暴力をふるった少年たちもそうでした。彼らとの関係では、アーサーは圧倒的に弱者であり続けるのです。

一方で、弱い立場の人たちに対する、アーサーの加害は決して描かれません。

小人症の男性や黒人女性は、アーサーと対峙した際、マイノリティの立場に置かれると私は思います。でも、アーサーは同僚の小人を殺さず、彼なりの理性をもって見逃します。ザジー・ビーツ演じるシングルマザーに危害を加えた(であろう)シーンは、画面に映されません。

彼らが加害されるシーンが見えないことで、アーサーの弱者性は、揺らがず保たれたまま。ひたすらに「アーサーが一番可哀想な存在」に見える構成になっています。

つまり、映画全体を通してアーサー以外の弱者に対する視点・想像力にかけた映画だという印象を抱きました。

アーサー・フレックは「インセル」か?

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(引用:映画.com『JOKER』

公開直後にネットで「ジョーカーはインセルかそうでないか」みたいな議論がありました。

「インセル」とは

望んでいるにも拘わらず、恋愛やセックスのパートナーを持つことができず、自身に性的な経験がない原因は対象である相手の側にあると考えるインターネット上のサブカル系コミュニティのメンバーを指す。

典型的なインセルは、主として白人の男性で、異性愛者である。インセルのフォーラムにおける特徴的な論点としては、憤怒や怨恨、人間不信、自己憐憫や自己嫌悪、女性嫌悪、人種差別、セックスに対する権利意識や性愛がうまくいっている人々に対する暴力の是認などが挙げられる。

引用:Wikipedia「インセル」

個人的な意見としては、アーサーの怒りの根源は恋愛とは別のところにあるので、インセルとは呼べない気がします。でも、思想的にはすごく近いところにいると思う。

なんで俺は評価されないんだ。
評価されるべき人間なのに、世間に見つけられず埋もれている……。

アーサーはこの「俺は不当に評価されている」という被害者意識を持っていると思います。「俺はもっと価値のある人間なんだ」と思うからこそ、トーマス・ウェインとの関係に固執したんじゃないかという気もします。

ツイッターや2ちゃんねるで、以下のような言葉を見かけることがよくあります。

ヤンキーやチャラ男より誠実で優しいのに、なんで女は俺を選ばないんだ。

みたいな感覚。これって日本の「インセル」的なポジションの人がよく抱く不公平感だと思うんですが。アーサーの感覚にも近いんじゃないでしょうか。

アーサーは、自分を正当に評価しない世の中に腹を立てている。そりゃあ、あんな環境に置かれて自尊心を折られ続けたら、怒るのも仕方ないけれども……。

私が見かけた感想の中には、「アーサーがジョーカーに変貌するまでの境遇が凡庸すぎる」というものもありました。

確かに、ヴィラン誕生譚としては、弱い動機なのかもしれません。でも、世の中の「不公平」に対する歪んだ怒りと被害者意識が、「凡庸」に思える社会ってそれはそれで怖いよ。

日本社会も全然対岸の火事じゃないというか、むしろアメリカとは違った形の「怒り」「被害者意識」が高まってると思うんですよね。怖いよ。

物語から排除された女性蔑視

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(引用:映画.com『JOKER』

前述したように、アーサーは「インセル」然としているけど、ミソジニー(女性蔑視)は感じられません。

アーサーがザジー・ビーツに危害を加えるシーンや、直接的に女性への憎しみを抱いてる描写を入れなかったのは、英断だと思いました。それがあると、エグくなりすぎるし、カリスマ性が弱くなったと思います。

本来自分より弱い立場であるはずの女性に対して、明らかに加害しているシーンがあると、アーサーの「可哀想な被害者性」が薄まりますもんね。

でも、弱い立場の男性として社会を恨んでいるアーサーが、女性嫌悪、女性蔑視をまったく持たないのには違和感もあります。ストーキング、性暴力、殺害を想像させる描写はチラッとありましたけど、それでも。

女性などマイノリティへの加害をあえて描かないのって、見ている誰かや作っている誰かが、自分自身の加害性を「見て見ぬふり」したいからなんじゃないの? って、そんな不信感も覚えます。アーサーを英雄視したり、彼の成し遂げたことに浸るために、アーサーの加害性を描くと邪魔になるからなんじゃないの?って。

(アーサーに不信の目を向ける女性がみんな「黒人女性」なのも気になります。意図的ですよね~)

『JOKER』ヒットに感じる危機感とは

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(引用:映画.com『JOKER』

アーサーを正当化する論理
  • アーサーは被害者であるという強い印象づけ
  • アーサーは弱い立場の人間を傷つけない(描かれない)
  • アーサーは強い立場の人間から虐げられてきたので、暴力に一定の正当性があるように見える

このあたりが、映画『JOKER』がなんだかちょっと危険だなと思う理由だと思います。
ヘタしたら的外れな怒りを煽って、暴力を助長するような内容になっているのでは……と。

そういった映画が日本でこれほどヒットして、多くの人の共感を呼んでいるっていう状況が、私にはちょっと怖いのです。

『タクシードライバー』や『キングオブコメディ』をリスペクトした作品として、最後の展開も理解はできます。
彼が大衆に認められて終わる、ある意味ドリーム的な、妄想チックな終わり方。

でも、「今:2019年」に「主人公の加害性をこれでもかというほど薄めて」、もう一度『タクシードライバー』をやるとは。正直「やりやがったな」って感じです。

トッド・フィリップス監督の思惑通り(たぶん)ポリコレ的な視点の批判はこないでしょうけど、正直な話、ある種の「誠実性」に欠けた作品だなとは思います。

素晴らしい作品だからこそ、影響力が怖い。こんなに大々的に受け入れられている現実が怖い。

この影響力まで想定して、アメコミキャラクター「ジョーカー」の設定を使ったんだとしたら怖すぎるな~。

まとめ

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(引用:映画.com『JOKER』

というわけで、ちょっと考えすぎなところもある『JOKER』感想でした。

もう1つ付け加えさせていただくと、最後のいきなり「アメコミジョーカー」らしくなるシーン。

「この映画こそがジョーカーのジョークだったのだ!」というメタ的にワクワクするようなシーンと解釈している人も多いです。でも、「何マジになっちゃってんの?全部冗談だよ、冗談」と、まじめな話の最後に(笑)をつけて一気に台無しにするようなシーンにも思えました。

これは『JOKER』をアメコミ映画ととるか、社会派映画ととるかで印象変わると思います。私は後者だったら嫌なので、前者だと信じたいですね……。

議論が生まれる映画は長く楽しめていいですね! 『JOKER』ごちそうさまでした。

記事を書き終わった後に読んだ記事が、とっても参考になるなと思ったので貼ります。
『グリーンブック』との共通点、なるほど。「臆病」というワードにも納得しました。

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