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映画『ドクター・スリープ』感想/『シャイニング』原作派も映画派も大満足

(トップ画像引用:映画.com

たぬきです。

2019年11月29日公開の映画『ドクター・スリープ』すごくよかったです。

これまで映画『シャイニング』をめぐって、キューブリック派とキング派は長いこと殴りあってきました。しかしマイク・フラナガン監督は、両者の譲れないポイントをうまく拾ってミックスさせることで、映画ファンも原作ファンも大満足させられる最高の続編を作り上げたのです。

キューブリック派とキング派が言い争いながら映画館に入って、鑑賞後に肩を組んで談笑しながら出てきても全くおかしくない。平和の象徴みたいな映画ですよ、これは……!

『シャイニング』映画と原作をめぐるあれこれ

(引用:映画.com

原作者スティーブン・キングが、映画『シャイニング』を良く思っていないのは、2018年の映画『レディ・プレイヤー1』でネタにされるくらい有名な話です。

キングがどのくらい納得できなかったのかというと、17年後に自ら『シャイニング』のテレビドラマを製作総指揮しちゃうくらい。

その際、一応キングがキューブリックに許可を取りに行くと、キューブリックは「いいけど、その代わり俺の映画の悪口もう言わんでね」と言ったそうです。

そういう背景もあって、スティーブン・キングファンにとっては、名作映画『シャイニング』はいろいろ言いたいことのある作品なのです。

私は実は「キング派」です

ちなみに私は最初、キューブリックの作品としての映画『シャイニング』が普通に嫌いじゃありませんでした。でも、近年はじめて原作小説を読んでみて、あまりの「別モノ」加減に驚きました。そりゃあ、キングも怒るだろうと納得したわけです。

そして、原作小説の方がホラーとして面白く人間描写も丁寧で、単純に好みだったので私は「キング派」です。

とはいえ映画ファンとして、キューブリックが作り上げた映画『シャイニング』の、芸術作品としての価値の高さは充分理解しています。

てなわけで、『シャイニング』に対しての複雑な感情を抱えて、これまで生きてきたのです。

そして、今作『ドクター・スリープ』は、キューブリック派とキング派のどちらも楽しめる作品でした。それどころかこの映画は、お互いの派閥に対する理解を深め、和解するきっかけになると思いました。

以下、そう思ったポイントを具体的に書いていきます。

※映画『ドクター・スリープ』と『シャイニング』映画と原作のネタバレがあります。

映画の続編でありながら原作ファンへの目配せも

(引用:映画.com

まず前提として『ドクター・スリープ』は、映画版『シャイニング』の続編として違和感のない作りになっています。

たとえば、映画では即座に殺されたディック・ハローランを、原作の展開に乗っ取ってホテルから生還したことにする……なんてことはありません。生還したのはあくまでウェンディとダニーだけです。

原作ではジャック・トランスの抵抗により全焼したホテルも、映画『ドクター・スリープ』ではそのままの状態で残り続けています。当然です、映画『シャイニング』のジャックはホテルに火をつけていませんから。

そんな風に続編として違和感のないストーリーにしている一方で、映画『シャイニング』がなかったことにしてしまった、原作の大事な要素を拾い上げているのです。

その一例を紹介します。

ジャック・トランスのアルコール依存

原作のジャックはアルコール依存が原因で、ホテルを訪れる随分前から家族との間にわだかまりを抱えています。

彼にとってホテルの管理人という仕事は、愛する家族との生活をやり直すための大切な生命線。ジャックたちがホテルから逃げ出せないのは、山道や降り積もった雪だけが原因ではなく、彼らがあの仕事にすべてを賭けているからなのです。

さらに、原作のジャックは酩酊している際にかっとなって、ダニーにケガをさせてしまった過去があります。彼はホテルに来る前から「家族を傷つけてしまうかもしれない」可能性を抱えたキャラクターであり、ウェンディやダニーの中には最初からぼんやりとジャックへの不信感があるのだと思います。

映画の描写からは、あまりそのへんの背景は読み取れませんよね。

映画『ドクター・スリープ』では、ダニーが断酒会で行うスピーチの中で、父親のアルコール依存症に触れています。

父親の暴力を恐れたダニーが、後を追うようにアルコールに溺れて、克服した後に父親について回想する。ホラー映画のアイコンとして象徴化されたジャック・トランスを、人間的なキャラクターの1人なのだと印象づけ直すシーンだと思いました。

また、ダニーがオーバールックホテルに戻ってきて、父親に再会するシーンも良かったですね。かつてジャックが飲んでしまったお酒を、父に勧められてもダニーは飲まない。

原作『シャイニング』で、ジャックの一番の敵がアルコールだったことを、理解していないと描けないシーンだと思います。

ちなみに、作者であるキング自身、アルコール依存症と闘った経験があるようです。

あのジャックとダニーの再会が、原作にもあるシーンなのかはわかりませんが、キングはどんな気持ちで二人を見つめていたんでしょうね。

最後にはホテルを燃やす

ダニーが原作のジャックと同じように、ホテルを葬るためにボイラー室を爆破する展開は、まるで数十年の時を経て父の意思を継いだように思えて、感動しました。

そもそも映画『シャイニング』にはボイラー室が出てきませんが、原作では非常に重要な場所なので、登場した時点で結構興奮しました。

超能力「シャイニング」の物語

(引用:映画.com

映画『シャイニング』では、ダニー・トランスが持つ「シャイニング」と呼ばれる超能力のことも、ぼんやりとしか描かれませんでした。

原作のホテルは、強い「輝き」を持ったダニーを取り込みたいがために、父親であるジャックを利用するのです。さらに、母子が最後に助かるのは、ダニーが力を使ってハローランを呼んだからです。

このように、原作ではダニーが持つ「シャイニング」が、ストーリーの軸になっています。タイトルがそもそも『シャイニング』ですもんね。

『ドクター・スリープ』では、人とは違う特別な力を持っているからこそ、人ならざるものに狙われてしまう恐ろしさが、しっかり描かれていました。ダニーもホテルに狙われたとき、同じ恐ろしさを感じたでしょう。

また、力を持つもの同士であるダニーとアブラが、遠く離れた場所でも心を通い合わせている姿は、ハローランと幼いダニーに重なります。ハローランと同じく、幼い友人を助けるためにダニーもホテルに向かいました。

そう考えると、映画『シャイニング』で「ジャックができなかった行動=ホテルを燃やす」と、「ハローランができなかった行動=子どもの命を救う」の両方を、『ドクター・スリープ』のダニーが代わりにやりとげたとも解釈できますね。

やっぱり『シャイニング』といえばあのビジュアル

映画『シャイニング』といえば、双子の女の子・特徴的な床の模様・血があふれ出すエレベーター・割れ目から顔を覗かせるジャック・ニコルソンなど、印象的なビジュアルのシーンが魅力ですよね。

一方で『ドクター・スリープ』の前半は、結構淡々と物語が続いていくので、「ビジュアルがシャイニングっぽくないな……」「ホテルはいつ出るんだろう……」とソワソワしてしまいます。だから終盤ついに「あのホテル」へと舞台が移ったときは、映画ファンは皆「待ってました!」と膝を叩いたのではないでしょうか。

主人公ダニーは40年ぶりにホテルを訪れ、幼い頃の記憶を回想しながら、中を見て回ります。映画を見ている私たちは、ダニーの心情を想像しながらも、名作の名シーンを振り返って懐かしむことができます。

映画『シャイニング』の一番の魅力が印象的なビジュアルだとすれば、それを忠実に再現した上で現代版にアップデートさせた今作は、キューブリックへのリスペクトを貫いていると思いました。

クライマックスだけでなく、たとえばダニーが幽霊たちを閉じ込めるイメージも、しっかり映画『シャイニング』のビジュアルを踏襲してましたよね。

あとは、ジャックやウェンディをCGなどでそのまま再現するのではなく、似た役者を使って改めて演じさせていたところも、好感が持てました。

マイク・フラナガン監督作品としての魅力も

(引用:映画.com

『ドクター・スリープ』について、

『シャイニング』原作や映画への目配せが多すぎて、1本の映画としての面白みに欠けるのではないか。

という意見も見かけました。

八方美人になりすぎて、この映画独自の色が薄れてしまっているのではないか、と。確かに『シャイニング』へのリスペクトが強い作品なので、感想も「素晴らしい続編だった!」「キングとキューブリックの和解!」的な視点で語られがちですよね。私も一番に感じたのはそこですし。

ただ私の場合、映画を見終わってから監督がNetflixドラマ『ザ・ホーティング・オブ・ヒルハウス』の人だと知って、めちゃくちゃ納得しました。

だって『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』って、そのまま『ドクター・スリープ』の展開とほぼ同じじゃないですか。

幼少期に過ごした場所でのトラウマに縛られたまま大人になった主人公が、再びその場所に呼び戻される。その場所で失った大事な家族と再会する。あの時できなかったことを、今する。そういえば特別な超能力を持った登場人物が出てくるところも共通してます。

『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』も『ドクタースリープ』も、脚本を書いたのはマイク・フラナガン監督本人です。

たぶん監督、やりたいことやったんだろうな。キューブリックやキングへのリスペクトをぶつけ、自分が良いと思う脚本を書いたんだろうなって私は想像しています。

暗くて重たい雰囲気のビジュアルや、登場人物たちの陰鬱な表情、突如非日常に飛び込んだ時の没入感など、マイク・フラナガン監督らしい演出も光ってました。だから『ドクター・スリープ』が好きな人は、『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』もぜひ見てみてほしいです。

キング派とキューブリック派をつなぐ新しい傑作

(引用:映画.com

映画『シャイニング』と原作『シャイニング』は永遠に相容れないと考えていたので、『ドクター・スリープ』という続編の登場は衝撃でした。

あの美しくて恐ろしいホテルに残したまま、長年放置されていたわだかまりが、40年後に作られた映画によって少しずつ溶かされる。これってすごいことです。映画の可能性を感じます。

『ドクター・スリープ』原作を購入したので、これから読んでみようと思います。今回はキングも大満足っぽかったから、安心して読めますね……笑